走水円照寺(会津藩士のお墓)

円照寺 横須賀市走水2-9-9 
京浜急行馬堀海岸駅から観音崎行京浜バス15分走水神社徒歩5分

走水神社に向って右手の方に100M程に円照寺の表示ある電柱の角を山に向って曲がり正面です。神社の前の地図をみて訪ねたら反対の方に行ってしまい時間がかかってしまいました。(地図は東北が上に書いてあるため逆に見ていました)
室町時代初期の応永五年(1398)、日海上人によって創建されたお寺で、幕末の文政五年(1822)春、走水沖で漁師利兵衛によって 引き揚げられた銅鐘(市指定重要文化財)と写経も祀ってあります。 半鐘は小型のものですが、檜の厚板で密封し、二軸の写経が封印されていて 経文から鎌倉時代の元徳2年(1330)8月の彼岸、沙弥了性(しゃみりょうせい)が 龍神に奉納したものであることが分かりました。 これは「吾妻鏡」にある建保元年(1213)12月、源実朝が自筆の円覚経を三浦義村 に命じ、海底に沈めたという沈鐘信仰を裏付けた、全国でも珍しい一つの例で 、鐘は、全面緑青に被われ、腐食がかなり進んでおり、側面の大穴は内部の経文を取り出すため穿けられたものと伝えられています。表面に「龍神」「元□□年八月」など一部の文字がわずかに読みとれるとの事です。
D三如院妙相日等大姉E会津和田平次左衛門妻之墓F会津 和田賢温妻之墓G会津之士 柴山千代之助墓H会津 和田平次左衛門母之墓I妙華童女 会津石澤義則三女
@電柱の標識 
A入口
B円照寺階段
C本堂
本堂の右側を通り右奥に墓地には会津藩士と家族の墓6基と川越藩士の墓1基があります。
D三如院妙相日等大姉
奥州会藩士水野権左衛門長寛後妻之墓父佐川幸右衛門直□嫁於水野権左衛門長寛卒年六十有五葬干東向山円照寺
文化十四年丁丑春三月 
孝子水野長澄建
E会津和田平次左衛門妻之墓
F会津和田賢温妻之墓
G会津之士 柴山千代之助墓
H会津 和田平次左衛門母之墓
I妙華童女 会津石澤義則三女