三崎最福寺(会津藩士高津氏妻之墓)

泰平山最福寺 三浦市白石6−23
京浜急行三崎口から城ヶ島行バス20分
三崎港徒歩数分ですが、入口は分かりにくい

@最福寺入口階段 A最福寺本堂 B最福寺寺紋
C高津忠貴妻之墓 
D海南神社 E相州海南高家神社
 
@最福寺入口階段
A最福寺本堂
寛喜2年(1230)創建浄土眞宗・西本願寺の末寺で、享禄年間に鎌倉から三崎西の浜、さらに元禄十年、伊勢海賊衆の後裔である船奉行・向井政綱の屋敷跡を賜わる。三崎西ヶ浜は、昔、向井兵庫頭政綱の知行地であり、向井政綱所管の幕府軍船「泰平丸」の名をとり、泰平山の山号となる。会津藩士・高津忠貴妻女の墓があります。
B最福寺寺紋
C高津忠貴妻之墓

皇妣苗村諱安忠蔵□暢女也以宝暦辛巳年十一月生諱忠貴二男
三女文□己卯年三月二十三日卒年五十□法名□□諦院(尼妙誓左?)□州三浦□三崎町□
最福寺 孝子会津世臣橘忠?筆并撰

本堂を改築したそうで、本堂の側にあったのを今仮に入口門柱の側に置いているそうです。18年5月

最福寺への曲角
バス停から、バス通を10m程戻り、海を背に左側読売新聞専売所を曲ます。
D海南神社 三崎町4−12

近くに、歌舞「ちゃっきらこ」で有名な海南神社があります。
天元五年(982)に社殿を造営、三浦一郡の総鎮守となり、明治六年、郷社に指定されました。

E相州海南高家神社
祭神・磐鹿六雁命は、我が国における、料理の祖神として、食にかかわる人達に崇められています。