伏見悟真寺(会津藩士のお墓

悟真寺 京都市伏見区榎町713
近鉄京都線伏見駅徒歩10分

悟真寺山門

寺内には鳥羽伏見戦の東軍戦死者埋骨地が二か所あり,将兵六十四人を葬るといいます。

悟真寺本堂
明治元戊辰年伏見鳥羽戦役 
東軍戦死者埋骨所
              

当山第十七代 大正四年二月建之 暁誉代

西岡ヒテ      木村クキ      甲斐タマ      長谷川ステ
前田ミツ      深見ムメ      岸田シモ      則包サト
当山尼講 
中野キヌ      野口マサ     大住イク      奥田シモ
酒井マス      荒木トミ      谷川タキ      小山キワ
西岡セイ      植松マス      木南チク      花園ウタ

山門入口左側
戊辰之役東軍戦死者之碑
本堂前庭の左手
戦死者埋骨地二所 一在本寺地域北西一東北
子爵榎本武揚書
明治四十年建    京都十七日会
戊辰役東軍戦死者埋骨地
本堂左側墓地奥突き当たり
会津臣柴宮八三郎行孝(左)
伏見鳥羽役戦死
四十三歳

黒谷会津藩鳥羽伏見戦死者慰霊碑に記載があります。
清浄院殿光雲居士之墓
会津藩士稲生新助、
行年四十七歳
慶応四年一月四日
伏見□□戦死
戊辰役東軍戦死者埋骨地
本堂裏手
右側、会津藩士

左側、清浩院勇譽徹心居士之墓阿波藩
剣道指南番由清八、享年五十一歳
右裏、安達市太郎 河村鋼之進墓
慶応四年正月四日戦死、浜田藩
章行院釈種忠覚之墓
会津藩士佐々木悦太郎
三十三歳
慶応四年一月□日□□戦死